デザインマガジン🎈Balloon vol.38 「観察すること」と「見たままを書くということ」

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見たままを書くということ
少し前に、こんな一連のポストが話題になりました。伊勢湾台風の被災地を取材した記者の体験をまとめたものです。
1959年の伊勢湾台風は5千人近い方が無くなるという未曾有の大惨事でした。この記者は発災当初から現場に入り、目の前の惨状をありのままに伝えていました。
「一生懸命、見たままを書いたんです。死体が浮いている、牛や馬も膨れあがって浮いている、水面下に家の土台の跡やら、ガッチャンポンプの影が見える。
…
一生懸命、見たままを書くことが真実の報道だと思っていました。これだけの大災害です。土地を造成した建設省や農水省も、県などの自治体も、それから企業も、鎌倉時代以来の大災害である、不可抗力の天災であると大宣伝しました。」
その後、東京から優秀と評判の別の記者が現場に来ることになります。発災から2週間も経ってから来たその東京の記者はどうしたかというと、泥水につかって取材する彼らを横目に、ボートに乗って一週回っただけだったというわけです。
我々は毎日、泥水につかって取材してるんです。水にぬらさないよう、頭に無線機を乗せて、原稿用紙を乗せて。ところが、あの人はボートに乗って、ぐるっと被災地を回って来られただけです。と私には見えた。腹が立ちましてね。東京なんていうのは結構なもんだな、と。
そうしてボードで取材した東京の記者の記事は、泥水につかって取材をしていた彼のものとは全く異なる視点から書かれたものでした。
その(東京の記者の)ルポルタージュは『機械は残った』と書いている。
つまり、工場全体の敷地が初めから2メートル以上もかさ上げされていた。その中でダイナモやなんかの一番重要なところはさらにかさ上げされていた。一方、工場周辺にいっぱいある社宅、これは一般社員用です。間違っても高級幹部のじゃありません。その社宅は大波に襲われ、大勢の人が死んだ。
しかも、彼らの社宅とか市営住宅は水にのまれて何千人と死んだのに、工場は初めからかさ上げがしてあった。水が押し寄せても、その水は全部、社宅の方へ流れていくんです。なだれをうって。しかし、工場はすぐに水が引いて、あっという間に復旧した。
この記事を読んだ記者は、自身の視点の欠如に気づかされます。被害の背景にある社会構造や企業の責任を彼は見落としていました。
こうした経験から、記者は真実を伝えることの難しさと記者の責任について問いかけ、『見たままを書く』ということがいかに難しいか、背景を知るための知識の重要性を説いて結んでいます。
この一連のエピソードには、個人的に非常に感銘を受けました。優れたジャーナリスト精神で素晴らしい記者だと思います。どちらの方も。
一方で、知識さえあればこうした視点によって物事を見ることができるのだろうか?という疑問もわいてきます。
観察するということ
そんな中、最近『LOOK How to pay attention in a distracted world(心眼:あなたは見ているようで見ていない)』という本を読みました。原題をそのまま訳すと「ルック 注意散漫な世の中で注意を払うには」となるそうでして、どこから邦題に「心眼」という言葉が湧き出てきたのか分かりませんが、内容はとても面白かったです。
先述した伊勢湾台風を取材した記者たちの例のように、「見ているようで見ていない」という状況がなぜ起こるのかについて「現象学」という観点から説明されます。
現象学がどういった目的意識で生まれ、研究されてきたのか。『知覚の現象学』などで知られるメルロ=ポンティや、光の芸術家のジェームズ・タレル、アメリカの美術家ドナルド・ジャッドなどの成果や作品を通じて、多角的に示してくれます。
後半には「実践編」として、そうした観察を行うためには、どのような姿勢で、どういった手法を用いればいいのかがまとめられており、非常に興味深いです。
特に『ディスタンクシオン』で知られるフランスのピエール・ブルデューにまつわるエピソードは刺激的で、社会的文脈にある「見えないもの(社会的沈黙)」の重要性に焦点をあてるものです。
つまり、その場にいなかった人たち、発言しない選択をした人たち、話題に上らなかったものたちへのまなざしが重要だというわけです。
伊勢湾台風の被災地を最初に取材した記者も、目の前の悲惨な光景や惨状という前景に目が向いてしまい、工場の機械やその町の海抜、地理的な特性という背景にまで意識が及ばなかったと言えるかもしれません。
デザインにおける観察の意義
先月まで、『デザインのじくあし』というクリエイターの皆さんのためのセミナーを実施していました。
その時にも、ワークショップを通じて、デザインにおいて「観察」がいかに重要かということを体験してもらったり実例を挙げて説明したりしていたんですよね。
例えばこのようなシートを用いて何か不自然なところが無いかをディスカッションしてもらうものですが、意識的に見ればわずかな傾きやズレにも結構気付くものです。こうした違和感に気付くこと、それを体感し自分の中の尺度として体系化することは、クリエイターにとっても(その他の職能の方々にとっても)、非常に重要なスキルだと思います。
今回紹介した本で紹介された方法は、もちろんうまく観察するための手法論ではあるのですが、そうした姿勢・技術は一朝一夕で身につくものでは決してありません。デザインも同様で、何かを聞いたから、試したからといって魔法のように急に巧くなるこtは無いと思います。
それでも「観察する、し続ける」という姿勢がもたらすものは多くの人にとって大きいのではないでしょうか。興味があれば是非以下のリンクや本『心眼:あなたは見ているようで見ていない』を手に取ってみてください。
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