デザインマガジン🎈Balloon vol.9
ブランディング・UX・グラフィック・プロダクト・UI・Webサイトなどクリエイティブ全般をカバーするデザインコンサルティングスタジオ Balloon株式会社がお届けするデザインマガジンです。
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デザインマガジンでは、上の句として「デザイン“以外”の話」、下の句として「デザインの話」をお届けします。では早速、「デザイン“以外”の話」から。
上の句:防災の話(デザイン“以外”の話)
ぼうさいこくたい2023に行ってきました。イベント展示として様々なものがありましたが(行ってきたよイベントレポートはこちら)、「南海トラフ」というワードがよく目に付きました。「南海トラフ」というキーワードがいつのまにか社会に浸透して随分と経ちましたが、私はそれ以前から聞き慣れていたような気がします。
それは生まれ故郷が南海トラフ地震の影響をモロに受けるエリアだからでしょう。そんな地域での地震対策とはどのようなものであるか?海上にP波を観測するための最新機器を浮かべてみたとか、避難するための頑丈な建物を作ったとか、そういった取り組みはもちろんありました。
でも、その地域で生活している人間にできることは至って普通。机の下に隠れるとか、高いところに避難するとか。あるいは、机の下に潜っている間に津波が来るから揺れていても高いところに逃げたほうがいいとか。自然災害を前にして鉄壁の守りがないのは仕方ないけれど、もう少しかっこいい防御方法はないものでしょうか。ありきたりで素朴な地震対策と少々の諦め(あるいは開き直り)を装備して生活を続ける日が大地震が来る日よりも先に終わりますように。
下の句:ピクトグラムデザインにおける日本とソ連の攻防の話(デザインの話)
防災にまつわるデザイン、と聞いて真っ先に思いつくのは非常口のピクトグラムのデザインですね。1982年に制定されたこのピクトグラムは、日本のデザインが国際規格となった初めての例だそうです。
現在はどんな建物に行っても見かけるこのピクトグラムですが、このデザインに決まるまでには世界の国々を巻き込む紆余曲折がありました。
そもそもソ連の案が決まりかけていたところ、遅れて日本側が案を持ち込んだことで再度議論を行うかたちになります。そんなタイミングで提案するのはどうなんだ?と思わなくも無いですが…その際に提案されていたソ連と日本のデザイン案が以下のものです。
見慣れているという点を差し引いても完成度の差が一目瞭然という印象ですね。要素が多いことによるソ連案の煩雑さは、緊急時の認識における阻害要因になりかねません。
遅れて提案した日本案ですが、その品質の高さもあり議論の俎上に載せられることになりました。当然、各々自国のデザインが優れていると主張するわけですが、その攻防(反対意見)が非常に興味深かったので以下に転載します。
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日本→ソ連
1)「開口部+人体」部分が全体の中で貧弱。人のプロポーションもなじみにくい。
→身体の線が異様に細く硬直的で、頭も小さく弱々しいですね。手足の末端が直角な直線でカットされている点は、人体の有機的なカーブとは馴染まない印象です。
2)ドアの垂直線が人体の認知に対してマイナス要因となる。ドアのアウトラインも人体に接近しすぎて雑なため、伝達意図が即時的かつ明解に伝わりにくい。
→これは1)とも関連した部分ですね。身体の真ん中を垂直に交わるようなドアのラインはシルエットの視認性を低下させそうです。
3)避難口はいつもドアがついているとは限らない。
4)図柄のアウトラインを二重にしているため、相対的に中のメッセージが弱められている。
→外形の矩形の中に、非常口の白い矩形が内包されています。プロポーションは異なるものの冗長な印象につながっています。
5)左右のバランスがわるい。左に比重がかかりすぎる。
6)“外に出る”という基本メッセージに対し、“右から左に走って出る”意味合いがつよい。つまり状況を視覚的に“説明”しており、意味をシンボリックに“形象”する図形にはなっていない。
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ソ連→日本
1)下端が切り開かれており閉じていない。
→これは日本側の批判4)と対になる部分のようです。ピクトグラムとして様々な利用シーンがあるなか、どういったデザインが適切かという観点で意見が分かれるところでしょう。対照的なアプローチが興味深い点です。
2)ドアがついておらず、非常出口(通常は出入禁止)という意味が伝わらない。
3)走っている人の背景に、人の横の姿を複雑に見せるような不自然さがある。足の影も、ある条件下では足の延長に見られるおそれがある。
→足の影をどう認識するかはなかなか難しいところですね。確かに足の延長にも見えなくはないですが、そうした点を考慮してか、影の始点が若干ずらして設計されているため大きな問題にはならないのではないでしょうか。
それぞれが着目するポイントと課題意識が明らかになっており、ピクトグラムデザインにおいて非常に参考になるのではないでしょうか。「デザインの言語化」という観点からも興味深く、具体的なレイヤーから抽象度の高いレイヤーまで、多角的に分析されているのがわかります。
特に日本側のソ連に対する反対意見「意味をシンボリックに“形象”する図形にはなっていない」という点は、ピクトグラムデザインの本質を突いているものだと思います。非常に重い批判です。
日本では上記の反対意見に加えてソ連案と日本案の比較実験もおこなっており、通常照明下で約2割、煙の中では約1割日本案の方が視認性がよかったとの結果を得ていました(神忠久・自治省消防研究所)。
そうした科学テストも功を奏して(いくつかの修正箇所はあったものの)、最終的には日本のピクトグラムデザインが国際規格として正式に採用となりました。
極めて抽象化された非常口ピクトグラムのシンプルなデザインですが、割り出し図を見ると、カーブのひとつひとつまで非常に緻密な設計が成されていることが分かります。
そうしたディティールの積み重ねが、世界各国の様々な(時には非常に過酷な)環境での使用に耐えうる、高品質なデザインを実現しているのだと改めて考えました。
参考文献:太田 幸夫(1987)『ピクトグラム〈絵文字〉デザイン』・柏書房
おわりに
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