デザインマガジン🎈Balloon vol.51「ドイツパビリオン」と「ユニバーサルデザインの魔法」

vol.51「ドイツパビリオン」と「ユニバーサルデザインの魔法」
Balloon Inc. 2025.07.07
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ドイツの豊かな歴史とデザイン

ドイツ連邦共和国は、中央ヨーロッパに位置する約8,400万人の人口を擁する国です。国土面積は日本とほぼ同じですが、ドイツは平地が多く、可住地は日本の2倍以上と言われています。

ドイツデザイン
は世界的に高く評価されており、メルセデス・ベンツやアウディといった自動車メーカー、ディーター・ラムスが手掛けたブラウン製品、そしてバウハウスに代表される合理性と機能美を追求したデザイン思想など、今日の製品デザインや建築に大きな影響を与えてきました。世界を牽引する先進工業国であり、特に人口あたりの貿易輸出額では他国を大きく引き離しており、その経済力の高さがうかがえます。

日本との関係も深く、明治維新以降多くの分野でドイツの技術や思想が取り入れられてきました。医学、法律、哲学など、日本が近代国家を築く上でドイツから学んだことは数多く、両国は歴史的に強い絆で結ばれています。

「声」を聞く体験の設計

ドイツのパビリオンは、木をメインとした自然の素材を用い、複数の円形が立ち上がったような構成です。周囲に植栽が溢れ、素材のテクスチャーも相まって非常に柔らかな印象を与えるデザインとなっています。

エントランスにはパビリオンのスタッフが出迎えてくれます。

手元にはテニスボール大の光るオブジェが見えますが、これは来場者にひとつひとつ配られるドイツパビリオンのキャラクター「サーキュラー」です。

パビリオン内の様々なところにミラー調のタッチポイントが置かれています。ここに先ほどの「サーキュラー」をかざすと、その展示ディスプレイに応じた説明を声で教えてくれます。

説明を聞くためには、このキャラクターの口に耳を近づけます。まるでそのキャラクターが直接語りかけているかのような、パーソナルな音声を体験できます。隣の人には聞こえない程度の音量が設定されており、周囲の環境音に調和しながら情報を受け取れるようになっています。

ドイツパビリオンの展示のアイデアは、「声で聞かせる」というそれほど目新しいものではありません。

恐らく多くの人は、この展示デザインにさほど強い印象を抱くことは無いのではないでしょうか。それでも個人的には、ドイツのパビリオンデザインは他と比べても最も素晴らしいものだと思いました。

真の意味で理想的なユニバーサルデザインとは、使う人自身が「自分が配慮の対象かどうか自体を認識させないこと」だと思います。

誰もが特別な配慮を意識することなく、ありのままの自分が受け入れられる状態。ドイツパビリオンのデザインは、まさにこの理想を巧みに実現していると思います。

例えば他のパビリオンでは、展示される情報が英語、日本語、ルビ、点字など、様々な形式で表記されていることがあります。

これはもちろん素晴らしい配慮である一方で、それぞれの表記自体が「分断」を生み出す可能性も無いとは言えません。(以下はドイツのレストランのサインデザイン)


目の不自由な人が点字を読む際、日本語を母国語としない人が英語を読む際、それは個別の配慮ではあるものの、同時に「自分は他の人とは違う」という意識を生んでしまうとも言えます。

ドイツパビリオンは、この分断のリスクを限りなくゼロに近づけています。おそらく、ほとんどの来場者が「自分は特別に配慮された」ことさえ認識できないレベルでデザインがまとめられています。

音響、照明、空間構成など展示を構成する要素がシームレスに連携し、まるで「声」が直接語りかけてくるかのような、直感的で没入感のある体験を提供します。これは単なるユニバーサルデザインの範疇を超え、まさに体験そのものをデザインするという点において群を抜いて素晴らしいと言えるのではないでしょうか。

具体的な展示のデザインはこのような感じです。上の写真の大型の円形ディスプレイでは、ドイツの産業について説明をしてくれます。ここでは表示される言語の切り替えを「サーキュラー」を画面にかざすことで行います。

こちらは展示後半にある天井から吊られた360度ディスプレイのある部屋。驚くことに直径7メートルほどある大きな円形の床が、人を乗せたままゆっくりと時計回りに回転します。

この展示全体を通して、テーマである「循環経済(サーキュラーエコノミー)」とタイトル「わ!ドイツ」が一貫して表現されていますね。全てのモチーフが円形で構成され、回転させる動きによってもそのコンセプトが示されています。

アーサー・C・クラークとデザインの魔法

SF作家アーサー・C・クラークはかつて、「高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない」と述べました。

この言葉は、ドイツパビリオンのデザインにも見事に当てはまります。高度に洗練されたデザインは、もはやその背後にある技術や配慮を意識させず、私たちに純粋な驚きと感動をもたらすものです。それはまるで、目の前で「魔法」が繰り広げられているかのような感覚すら与えます。

そのようなデザインは、私たちに派手さや特別な意図を意識させることなく、極めて自然な体験として受け入れられるでしょう。それこそが、認識されることのないレベルで織り込まれた、精緻な体験デザインの真髄と言えます。

ドイツパビリオンは、未来のユニバーサルデザインのひとつのあり方を示す、非常に巧みな工夫に溢れた事例と言えます。ぜひ会場で、この「魔法」のような体験を味わってみてください。

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